| フィンランドナショナルフットボールチームには、特筆に価する歴史はありません。これまで主要なトーナメントの予選を通過したことはないし、フィンランドでのフットボールの試合が長い間アマチュアの状態であったのは、人口の少なさ、それから、アイスホッケーのようなスポーツを好むこととあいまって、ナショナルチームが他の国と真剣勝負できなかったからです。
けれども、近年、ナショナルチームは劇的に変化しています。1980年代は、一握りの選手だけが海外でプレーしていました。しかし、1990年代をとおしてその数は大幅に増加しました。ミカ−マッティ・パーテライネン(Mika-Matti
Paatelainen)のような選手らは、ヨーロッパに彼らの名を知らしめました。このことは、ナショナルチームに多大に貢献し、一方では、よりすばらしいレベルの経験と技術的な能力をもたらしています。
フィンランドフットボールの最初のスーパースターは、ヤリ・リトマネン(Jari
Litmanen)でした。90
年代初期から半ばにかけて、彼はヨーロッパの一流選手の一人となりました。アヤックス(Ajax)ではじめてプレーし、1995年、チャンピオンリーグ決勝で勝った最初のフィンランド人となりクライマックスを迎えます。ナショナルチームやフィンランドにおけるフットボールの地位に与えた彼の影響を、過小に見積もることはできません。フィンランドにはワールドクラスの選手が一人もいませんでしたが、彼の成功はフィンランドのフットボールの地位および関心のレベルを上げ、より若い選手に影響しました。
フィンランドは、1998年のワールドカップ予選中に進歩をしました。1997年10月、フィンランドは、プレーオフ出場権を確保するために、ホームゲームのハンガリー戦での勝利が必要でした。アンッティ・スミアラ(Antti
Sumiala)の得点によりフィンランドはリードし、雨が叩きつける中でもリードしていました。試合終了間際のインジュアリータイム。ハンガリーはコーナーキックを得ました。ボールはディフェンダーによりクリアされたかに見えました。しかし、そのボールはぬかるみに足をとられたゴールキーパーのモイラネン(Moilanen)にあたり、ネットに転がり込みました。観客は静まり返りました。フィンランド選手は膝から崩れ落ちました。夢は終わりました。唯一の収穫はフィンランドにとって、夢が現実へ、より近くさらに近くなってきていることでした。
フィンランドは、予選最後の2試合で(グループ)3位に終わりました。2000年の欧州選手権予選では、トルコでの試合でトルコに3-1で勝ち、2002年ワールドカップ予選では、ヘルシンキでの試合でギリシャを5-1でしりぞけた一方、ワールドカップ本選出場国ドイツとは2-2、0-0で引き分けました。
フィンランドは、いまやチャンピオンズ・リーグやUEFAカップにいつも出場するリトマネン(Litmanen)と同じく、パサネン(Pasanen)、コルッカ(Kolkka)、ヌルメラ(Nurmela)、タイニオ(Tainio)ヒューピア(Hyypiä)、サーリネン(Saarinen)、ティヒネン(Tihinen)のような選手を要するチームです。フィンランドにはまた、イングランドのプレミアリーグでプレーするニエミ(Niemi)、ヤースケライネン(Jääskelainen)エンッケルマン(Enckelman)、ヨハンソン(Johansson)がいます。
フィンランドは、近い将来、最終的に主要なトーナメント予選を通過する力強い位置にいるでしょう。 |